八坂神社、清水寺、高台寺、知恩院など、京都の名所が数多く集まる東山エリア。円山公園のほとりに佇む「長楽館」は、まだ京都に迎賓館がなかった時代の1909年、稀代の実業家・村井吉兵衛が私財を投じて建てた迎賓の邸宅です。館の名前は、初代内閣総理大臣伊藤博文が命名。ロココ、アール・ヌーヴォー、シノワズリなど、ヨーロッパの多様な様式が調和する洋館では、各国の賓客が集い、華やかなひとときを過ごしたといいます。創業者がこの館に託したのは、自らの贅のためではなく、“人をもてなす”という心。竣工115周年の節目となる2024年には、迎賓施設としての建築美や機能、建築家のJ.M.ガーディナーの優れた技量が評価を受け、国の重要文化財に指定されました。そして今もなお存在感を放ち、宿泊・レストラン・カフェを訪れるお客様を迎え入れています。

2016年にリニューアルした「デザートカフェ長楽館」は、竣工当時の1・2階をそのまま使用し、非日常を満喫できる場所。球戯の間、喫煙の間、美術の間、鳳凰の間、接遇の間、貴婦人の間、迎賓の間——趣向を凝らした7つの部屋は、それぞれ様式も意匠も異なります。どの部屋に案内されるかは当日のお楽しみ。ステンドグラス、天井や壁のレリーフ、マントルピース、シャンデリアなど、往時の装飾や調度品に囲まれたクラシカルな空間に身を置くと、自然と背筋が伸び、心安らぐ時間が流れます。

当時のおもてなしを体感していただくことを大切に、スタッフ一人ひとりが受け継ぐのは“長楽館らしさ”。おいしさはもちろん、接客やお皿に映る景色の細部に至るまで、何事にも丁寧に、常に美しさを意識しながら、守るだけではなく挑戦を重ねていく——。伝統と進化の両立こそが、この館の矜持です。ベーゼンドルファーの音色と共に味わう季節のスイーツは、パティシエによる手作り。食材を生かし、現代の感性を軽やかに取り入れ、洋のスタイルで表現しています。紅茶の琥珀色をやさしく彩るノリタケのカップ&ソーサー〈ヨシノ〉は、吉野山の桜と裾野の緑をモチーフに、オールドノリタケの時代から継承され、代々のデザイナーが過去を超える心意気でリメイクを重ねてきたシリーズ。西洋と東洋の文化が融合したデザインは、「長楽館」の歴史と静かに響き合うようです。

窓の外には、借景となる東山の眺望が広がり、春のしだれ桜、夏の新緑、秋の紅葉、冬の雪景色と、季節の移ろいを告げてくれます。その中で、変わらない上質さと、脈々と磨かれてきた美学が息づく唯一無二の場所。ここには、百余年にわたって育まれた確かな品格が溶け込んでいます。