ノリタケのしごと 第1回 世界にない赤をつくる
杉村さんセラミック・マテリアル事業本部 食器部長。技術者出身で、知的財産室長、研究開発センター長を経て現職。熊澤さんがこの赤を開発していた当時のセンター長。
熊澤さん研究開発センター。入社してすぐ、この赤絵の具の開発を任された。この日はリモートで参加。
Vol.01
世界にない赤をつくる
カドミウムフリーの赤絵の具ができるまで
ノリタケの食器は、どうやってできているのか。
この連載は、ノリタケのオンラインショップをつくっている私たちが、普段は表に出ない「しごと」の話を、つくった本人に聞きにいく読み物です。
第1回のテーマは、赤。陶磁器の世界では長いあいだ、鮮やかな赤を出すために健康や環境への懸念がある物質が使われてきました。ノリタケは、それに頼らない赤を目指してきた会社です。たどり着いた答えは、金と銀——二つの貴金属のナノ粒子です。ただ、金でつくる赤は、そのままでは青みの残る「マロン」の色。銀にいたっては、黄色です。そこからどうやって、この深くあざやかな真っ赤が生まれたのか。
話し手は、セラミック・マテリアル事業本部 食器部長の杉村さんと、入社してすぐこの赤を任された研究開発センターの熊澤さん。名古屋・則武新町の「ノリタケの森」で、画面越しの熊澤さんとともに6年がかりの開発の話を伺いました。
01この赤を語る、二人
── まずは、自己紹介からお願いできますか。
杉村 杉村です。いま食器部の部長をしていますが、入社からずっと技術者なんです。ファインマテリアル事業部で電子用のペーストの開発をやって、知的財産室の室長をやって、そのあと研究開発センターのセンター長。技術者として30年くらいやってきました。その後、食器事業を担当する部門長に異動になりました。熊澤さんが研究開発センターで赤絵の具を開発していたときの研究開発センター長が、私です。その時代を含めて、今日はこの赤の話をさせていただきます。
── 熊澤さんは今日、研究開発センターから画面越しの参加です。
熊澤 熊澤です。研究開発センターで材料の開発をしています。2014年の入社なので、今年で12年目くらいになりますね。今日お話しする赤絵の具は、私が入社したとき初めてもらった開発テーマなんです。
── お二人はその研究開発センターで出会った。当時は、どういう体制だったのでしょうか。
杉村 過去は食器事業の組織の中に技術部があったのですが、一時期技術部が無くなって、絵の具の開発などは研究開発センターにアウトソースする時代が続いていたんです。当時は、私も熊澤さんも研究開発センターに在籍していました。ただね、研究開発センターというのは、金の材料——高い材料なので、本当に試験管ベースでちょこちょこやって「できた」というところからのスタートなんですよ。だけど事業部は予算から何から求めるじゃないですか。試験管レベルで少量できて「発色しました」と報告しても、「じゃあこれ、キロ単位で作れるの?」という話になっちゃう。それでどうやって量産化しようとなるわけですよ。
そこに林さん(現・食器部)という、電子部品の材料——それこそ何トンという単位でものを作っている世界から来た人がいて、その知見が熊澤さんと合流したんですね。「もっとこういう安定性試験をやらないと工場は納得しないよ」と指導してもらったんだよね。
熊澤 そうです。のちほど話が出ると思いますが、量産のところで非常に苦しみましたので。
02難航してきたテーマ
── その「初めてのテーマ」、どんな第一印象でしたか。
熊澤 じつはこのテーマ、研修の頃からよく「荒れるテーマ」だったんですね。「これ、いつになったら商品になるんだ」という追及が、けっこう厳しくされているところをよく目にしていまして。新入社員の研修でいろんなグループを回るんですが、そのときに大激論している現場を目撃していて。なので、担当テーマを告げられたときは「ああ、あのテーマか」と。また厳しい状況になるのかな、というのが正直な第一印象として記憶に残っています。
杉村 事業部とのミーティングで、営業と開発の主張がうわーっと議論になるんですよ。「まだできないの?」とか「安定性はちゃんと確認したのか」とか。そういうことだよね。
熊澤 そういうことです。それでも当時すでにコンセプトは決まっていたので、粛々と課題に取り組んで、大学にも通っていろいろご指導いただきながら進めて、2年目か3年目くらいのときに「この赤、いいね」と言われる色ができたんです。じゃあ量産しようという話になって——そこからが、本当に長かったんですけど。
03「使わない」と決めた赤
── そもそも、なぜ赤をわざわざ開発しなければいけなかったのでしょうか。
熊澤 当時、陶磁器の世界で綺麗な赤として使われていたものって、見た目は本当に美しいんです。ただ、主成分を見ていくと、セレンやカドミウムといったちょっと「むっ」と思う物質がよく使われている。というより、当時はそういうものしか実はなくてですね。
食品衛生法が2008年の改正で強化されたんです。安全基準というより「技術的にどこまで減らせるのか」が問われるくらいの強化で。日本の法律は「溶け出さないか」を問うんですが、ヨーロッパには「どんな工夫をしていても、入っていること自体が悪」という含有規制の考え方もあるんですね。しかも、カドミウムは日本の公害を直接引き起こした物質の一つで、有害性のイメージが強く認知されているんです。これは私の推測も含みますが、規制の厳しい物質は他にもあるのに赤がとりわけ厳しく見られるのは、赤に使われてきた物質にその筆頭格が入っていたからだと思います。
杉村 補足するとですね、食器は釉薬——器の表面を覆うガラスに覆われるので、直ちに溶け出すということはないんです。ただ、廃棄のときにこうした物質を含むものが捨てられるとか、製造工程で作業者が曝露するとか。そういうところまで考えて、ノリタケは業界に先んじてこうした物質に頼らない絵の具づくりを目指してきたんですね。
熊澤 ただ、困るんです。赤って、クリスマスのサンタクロース、バレンタインのハート、母の日のカーネーション。いちばん食卓が華やぐ、財布が緩む、そういう場面で多用される色なので。「この赤がないのは本当に困るよね」というのが、開発に着手した背景です。
杉村 実際ね、赤いコーポレートカラーをお持ちの会社さんから食器のご依頼が来たときに、「うちには使わないと決めた絵の具なので、この赤は出せません」とお断りしていた時代があるんです。「そんなに断るくらいなら使えばいいじゃないか」という議論も社内にあったと聞いています。だけど、方針を掲げた以上は使わなかった。それはもう、ノリタケとしてのプライドで。ただその裏ではね、いつかこの赤を出せるようにって、開発はずっと続けていたんですよ。
04金は、細かくすると赤くなる
── では、その「出せない赤」を何でつくるのでしょうか。
熊澤 鍵になるのは、金です。金って、大きな塊だと皆さんがイメージするあの金色ですけど、粒子をどんどんどんどん細かくしてナノ粒子と呼ばれる領域まで小さくしていくと、金は赤色になっていくんです。すごく昔から知られている現象でして。
── ……お皿の赤い柄は、赤い顔料を塗っているわけではない?
杉村 赤い顔料じゃないんです。ステンドグラスの赤を思い浮かべてください。あれはガラスの中に金などを溶かし込んで、冷えるときに細かな粒々として析出させることで、赤く発色させているんですね。この絵の具も同じ原理です。絵の具のガラスの中に金の小さな粒が点在して、そこだけステンドグラスの赤のごとく赤く光るんです。
熊澤 「じゃあ普通の赤い粉を入れればいいのに」と思われるかもしれませんが、こうした物質を使わずに赤系を示す顔料というと、酸化鉄——いわゆるベンガラがずっと使われてきたんです。ただあれは、赤というよりどちらかというと茶色なんですね。
杉村 サビだからね。家庭用のプリンターのインクみたいな有機の染料なら、鮮やかな赤はいくらでもあるんです。だけど食器は800度で焼き付けるので、有機物は色が全部飛んじゃうんですよ。焼いても色が残る、セラミックのような無機の物質で、人が「赤」と認知する色を出せるものとなると——先ほどの物質を使うものしかなかったんです。
熊澤 それで、金なんです。ところが金にも問題があって、金の赤には青が残るんですね。色って、ある波長の光を吸収して残った光が目に届くという仕組みなんですが、金のナノ粒子は青色の光を吸収しきれない。赤のポテンシャルはすごく持っているのに、青も一緒に目に届いてしまって、足し算で紫っぽい赤になるんです。私たちが「マロン」と呼んでいる、昔からある上品な赤紫がそれです。
杉村 マロンの赤はカドミウムなどを使わずにつくれるので、昔から広く使われています。ただ、青っぽい赤であって、真っ赤ではないよね、と。我々がやろうとしたのは、このマロンを工夫して、有害な物質なしで「真っ赤っか」をつくろうということなんです。
※ 金のナノ粒子 金をナノメートル(100万分の1ミリ)単位まで細かくすると、光との相互作用が変わり、塊のときとは別の色に見える。中世のステンドグラスの赤にも使われてきた古典的な現象。
05銀を入れても、何も起きない
熊澤 青みをどう消すか。答えは銀なんです。銀も金とすごくよく似た性質があって、ナノ粒子まで細かくすると今度は黄色になるんですね。この黄色は「青色を吸収するから黄色に見える」。つまり、金が持て余していた青を、銀が消してくれるんです。色相環で対角にある色同士は、重なると消える——補色という関係ですね。
コンセプト自体はすごく単純で、当時誰にでも説明できたんです。「金と銀を組み合わせれば綺麗な赤になるよ」と。実際、試験管の中で熱をかけない状態で金と銀を混ぜると、本当に綺麗な赤になるんですよ。実物もあったくらいでして。ところが、絵の具にして焼くと、何も起きないんです。銀を入れても入れなくても変わらないんじゃないか、という意見が出たくらい、何の効果もなくて。青みのある赤のまま。それが数年続いたと言っても過言ではないんですね。
── 銀は、どこに消えていたのでしょうか。
熊澤 ガラスに、溶けていたんです。現象としては、食塩と同じなんですね。塩って手に持てる固体ですけど、水に入れると粒がなくなってしまいますよね。銀はあれと同じくらい、ガラスに溶け込みやすい。イオンになってしまうんです。そして溶けた銀は無色透明で、色には何の効果もない。粒として出てきてほしいのに、存在ごと消えていたんですね。
杉村 銀が焼くと拡散しやすいというのは、実は電子部品の世界では有名な話なんです。昔のプラズマディスプレイには、ガラスパネルの中に銀の配線がいっぱいあるんですけど、焼くと銀がガラスに溶け込んで、透明でなければいけないパネルの配線の脇だけ黄色くなってしまう現象があったんですよ。電子回路では大問題なんです。
熊澤 それが分かったきっかけは、社内の知見でした。銀の抗菌作用ってありますよね。あれを活かすために、逆に銀を積極的にガラスに溶かし込む技術がある——そのことを知っている人が、社内にいたんです。そこから、その道に詳しい方をご紹介いただいて、お話を伺ううちに「銀はガラスに溶けますよ」と。「これ、銀を入れているのになんで透明なんですか?」「もう溶かしているんです」という会話が、重大なヒントになりました。溶かす側の技術から、溶かさない方法を逆算していったわけです。そして調べていくと、ガラスを溶けやすくするために入れる成分が、ことごとく銀の働きを邪魔することが分かってきて。これは簡単な設計じゃないぞ、と。
06絵の具の開発は、ガラスの開発
熊澤 結局、この赤い絵の具の開発は、ある意味ガラスを開発することに等しかったんです。いちばん手間も時間もかかったところですね。
杉村 一般にガラスというと、透明なあれを思い浮かべると思うんですけど、実はいろんな元素を入れることで、薬品への耐性とか膨張・収縮とか、いろんな性質が制御されていて、用途ごとにものすごい種類のガラスが世の中に存在するんです。
熊澤 そして食器のガラスは、制約がものすごく多いんですね。目的の温度でちゃんと溶けること。顔料の色が映える透明性があること。そして実使用の耐性——お酢で使えるか、食洗機のアルカリに耐えるか、熱湯は大丈夫か。食器にはそういう基準が全部あるんです。それを全部クリアした上で、銀が溶けずに粒として出てきて、綺麗な黄色を出すガラスでなければいけないんです。
杉村 科学的に「この元素を入れれば耐酸性が上がる」という指針はあるので、ロジカルに絞り込みはします。だけど最後は、試作して、焼いて、一つひとつ発色を見ていくしかないんですね。まず、黄色が出るかどうかは最初に分かるんです。黄色が出たものだけ残して、次に釉面は綺麗ですか、食洗機は持ちますか、耐酸性はありますか、で、どんどんまた選別、また選別。
熊澤 まさに、パワープレイですね。最適値はけっこう狭いピンポイントに絞られていって、最終的にそれが特許として登録した組成範囲ということなんです。期間としては、私の前の担当者が3年、私が3年。合わせて6年くらいですね。
07「深い赤」は、数値にならない
── 色の「合格」は、誰が決めるのでしょうか。
熊澤 色を定量的に測る装置があるので、基本はその数値を見ます。私はあまり自分の目を信頼するタイプではないので、しっかりデータを見るようにしていました。朝いちばんに倉庫からお皿を出して色を確認するんですけど、「これはダメだな」というのは最終的にはだいたい分かるようになりましたね。
ただ、最後はデザイナーのOKが要るんです。これがですね……。かなり進歩を認めていただいたあとも、「もっと深い色がいい」とか「強い色がいい」とか、私の感覚では分からない表現がけっこう多くて。
杉村 定量ができないんだよね。「深い赤ってどんな赤ですか」「いや、深いんだよ」って(笑)。
熊澤 そこで私、カラーコーディネーターという検定を勉強し始めたんです。おかげで「深い」はなんとなく分かるようになりました。「柔らかい」は、いまだに分からないですけど。デザイナーさんと話すだけじゃなくて、自分でもその感覚を身につけたいなと思って、色の勉強を始めたということですね。
※ 色の定量 色はL*a*b*値という数値で表せる。a*が赤み・緑み、b*が黄み・青みに対応する。「深い」「柔らかい」はこの座標系に、まだうまく写像できていない。
08窯は生きている
── 色ができて、いよいよ量産へ。
杉村 前提としてお伝えすると、ここから出てくる窯は全部うちの窯です。ノリタケはもともと窯——焼成炉そのものをつくっている会社でもあるので、食器の焼成も自分たちの窯でやっているんです。
熊澤 ここからが、ガラスの科学の苦労とは比べものにならないくらい苦しかったですね。まず、同じ材料を使っているのに、焼く窯によって全然色が違うんです。工場の窯と、クラフトセンターの窯と、研究開発センターの窯で色が違う。同じ窯でもですね、立ち上げ直後には焼かないとか、何枚同時に焼くかでも変わるんです。窯は燃料を燃やすので、中がわずかに酸欠になるんですが、その具合が曜日や条件でいろいろ変わって発色に効いてしまう。いまはメカニズムが分かっているのでいろんな対策が打てますが、当初は何が効いているのか何も分からなくて、現地でデータを調べ尽くしました。
他の色では、こんなことは起きないんです。銀が、それくらいデリケートな材料だったということですね。
杉村 普通の絵の具は色の決まった顔料を焼き付けて固定するだけなので、窯が多少ばらついても色は変わらないんです。この赤は焼成のあいだにガラスが溶けて、金が析出して、銀が析出して、という現象を毎回まったく同じように起こさないと同じ色にならないんですよ。昇温と降温の過程でどういう温度履歴があったか、窯の癖がぜんぶ発色に出ちゃうんです。
熊澤 絵の具の膜の厚みも、ものすごく重要でした。析出する粒は20〜30ナノメートルという細かさなので。それから、印刷に使えるサイズにガラスの粉を砕く「粉砕」という最終工程でも壁がありまして。一般的な砕き方だと、どれだけやっても全然違う色になるんです。細かくすればいいという問題じゃなくて、「どういうふうに細かくするか」がすごく重要な絵の具だったんですね。なぜそうなのかも、仮説はありますが、実証まではいっていない。この絵の具はものすごく複雑な現象が絡み合って最終的に赤になっているということが、後の分析で分かってきた——今も、そういう段階なんです。
ちなみにこの絵の具、焼く前は真っ黒なんですよ。ちょっと青みがかった黒い粉で、器に載せて焼いたときに初めて赤になるんです。これ、すごく驚かれるんです。
09金と銀は、同じ場所にいた
熊澤 分析していくと、面白いことも分かってきました。金と銀を原料としてはまったく別々に入れているのに、焼き上がった絵の具を分析すると、同じところにいるものがいるんです。合金になっているんですね。
これ、狙ったわけではないんですが、むしろ幸運だったんです。金と銀が別々に存在するという前提で計算をすると、この配合では本当はもっと青いはずなんですよ。どういう比率で混ぜても、吸収しきれない波長の山が真ん中に残ってしまう。でも実物は、青みがほとんど観測されなくて。どうやら金と銀の合金になった粒が、ちょうどその真ん中を補完するように吸収してくれているんじゃないか。それが私の説なんです。
杉村 偶然といえば、偶然。
熊澤 少なくとも当初、意図はしていないです。結果的にそうなった、ということですね。大学の先生方が「触媒として面白いんじゃないか」と関心を持ってくださるのも、そのあたりなんです。赤色の絵の具の中で、金と銀が別々にもいて、くっついてもいる。すごく興味深いなと思います。
10二つの赤を、並べる
── 完成した赤は「ローザロッサ」というシリーズになりました。よく見ると、赤が2色使われていますね。
熊澤 新しく開発した赤と、昔からあるマロンの赤が、一つの柄の中に並んでいるのがローザロッサなんです。
杉村 新しい赤だけで表現してもよかったんだけど、デザイナーが遊び心で、世の中にたくさんある青っぽい赤と、ノリタケの新しい赤を一つのデザインの中に盛り込んだんですね。開発の歴史が、そのまま柄になっているんです。法人のお仕事では、この赤で初めてお受けできたものがあります。それまで「うちは出せません」とお断りしていた種類の仕事なんですよ。
熊澤 金を使うのでどうしても高価にはなってしまって、この赤を全面に出した商品はまだ多くはないんですけどね。
11品格は、どこにあるか
── 最後に杉村さんに伺います。この開発の話、同じ食器部の人間でも知りませんでした。
杉村 そうでしょう(笑)。だけど、これはノリタケらしい話だとも思っていて。この赤って、絵の具屋さんにもできないし、ガラス屋さんにもできないんですよ。材料と、釉薬と、焼成と、全部を自分たちでやっているから初めてできるんです。ノリタケは創業から基本的に内製主義で、釉薬も絵の具も自分たちでつくってきました。仮にこの絵の具だけをよそにお渡ししても、同じ色は出ないんです。窯まで含めて、うちの環境で初めて出る色なので。
ノリタケのものづくりって、一定の範囲の中で制御されたものづくりなんですね。何十枚、何百枚と同じものを焼くことに神経を注ぐんです。戦後に食器を再開したとき、原料も職人も揃わなくて戦前の品質が担保できない時期には、ノリタケのブランドラインをあえて付けなかったという逸話があるくらいで。いまはばらつきを楽しむ器が評価される時代でもあって、どちらが正しいという話ではなくなりつつあると思うんです。だけど、うちは均一さのところに命を懸けてきた会社で、その均一さの美しさというのも、確かにあるんですよ。そういうエピソードも含めて、「ノリタケはこうである」という一本の軸が創業のときからずっと脈々とあると思うんです。
── それが、ノリタケの言う「品格」。
杉村 「品格」は、ノリタケがずっと大事にしてきた言葉です。ただ僕は、この言葉とちゃんと向き合いたいと思ってきたんです。品格とは何なのか。それはお客様に、価値として届いているのか。痛いところなんですよ。こだわりはあるんです。品質基準も高い。だけど、それがお客様に正確に届いていない——それが僕の問題意識なんです。
高く売りたいという話じゃないんですよ。同じ値段だったらノリタケだよね、と言ってもらえるようになるはずで。「なんとなく高級」ではなくて、「ここがいいんです」と言えるようになりたいんですね。こだわり続けてきたことを、言語化して伝えたい。この連載は、僕にとってはもう、やりたいことなんですよ。
取材を終えて
取材前は「赤いお皿ですよね」くらいの認識でした。しかし、金と銀の6年を知ってから見るローザロッサは確かに、昨日までとは違う赤に見えます。
次にローザロッサを見かけたら、二つの赤を見比べてみてください。一つの柄の中に、赤色の歴史が詰まっています。
2026年7月23日、名古屋・ノリタケの森にて
※ 現在国内で販売されている陶磁器は、食品衛生法をはじめとする法令の基準に適合しており、通常のご使用で健康に影響を及ぼすものではありません。カドミウムなどを含む絵の具も、法令の基準の範囲で現在も広く使用されています。本記事は、ノリタケが自社の方針として取り組んできた材料開発について紹介するものであり、特定の製品の安全性について述べるものではありません。
杉村さんセラミック・マテリアル事業本部 食器部長。技術者出身で、知的財産室長、研究開発センター長を経て現職。熊澤さんがこの赤を開発していた当時のセンター長。
熊澤さん研究開発センター。入社してすぐ、この赤絵の具の開発を任された。この日はリモートで参加。
Vol.01
世界にない赤をつくる
カドミウムフリーの赤絵の具ができるまで
ノリタケの食器は、どうやってできているのか。
この連載は、ノリタケのオンラインショップをつくっている私たちが、普段は表に出ない「しごと」の話を、つくった本人に聞きにいく読み物です。
第1回のテーマは、赤。陶磁器の世界では長いあいだ、鮮やかな赤を出すために健康や環境への懸念がある物質が使われてきました。ノリタケは、それに頼らない赤を目指してきた会社です。たどり着いた答えは、金と銀——二つの貴金属のナノ粒子です。ただ、金でつくる赤は、そのままでは青みの残る「マロン」の色。銀にいたっては、黄色です。そこからどうやって、この深くあざやかな真っ赤が生まれたのか。
話し手は、セラミック・マテリアル事業本部 食器部長の杉村さんと、入社してすぐこの赤を任された研究開発センターの熊澤さん。名古屋・則武新町の「ノリタケの森」で、画面越しの熊澤さんとともに6年がかりの開発の話を伺いました。
01この赤を語る、二人
── まずは、自己紹介からお願いできますか。
杉村 杉村です。いま食器部の部長をしていますが、入社からずっと技術者なんです。ファインマテリアル事業部で電子用のペーストの開発をやって、知的財産室の室長をやって、そのあと研究開発センターのセンター長。技術者として30年くらいやってきました。その後、食器事業を担当する部門長に異動になりました。熊澤さんが研究開発センターで赤絵の具を開発していたときの研究開発センター長が、私です。その時代を含めて、今日はこの赤の話をさせていただきます。
── 熊澤さんは今日、研究開発センターから画面越しの参加です。
熊澤 熊澤です。研究開発センターで材料の開発をしています。2014年の入社なので、今年で12年目くらいになりますね。今日お話しする赤絵の具は、私が入社したとき初めてもらった開発テーマなんです。
02「使わない」と決めた赤
── そもそも、なぜ赤をわざわざ開発しなければいけなかったのでしょうか。
熊澤 当時、陶磁器の世界で綺麗な赤として使われていたものって、見た目は本当に美しいんです。ただ、主成分を見ていくと、セレンやカドミウムといったちょっと「むっ」と思う物質がよく使われている。というより、当時はそういうものしか実はなくてですね。
杉村 補足するとですね、食器は釉薬——器の表面を覆うガラスに覆われるので、直ちに溶け出すということはないんです。ただ、廃棄のときにこうした物質を含むものが捨てられるとか、製造工程で作業者が曝露するとか。そういうところまで考えて、ノリタケは業界に先んじてこうした物質に頼らない絵の具づくりを目指してきたんですね。
杉村 実際ね、赤いコーポレートカラーをお持ちの会社さんから食器のご依頼が来たときに、「うちには使わないと決めた絵の具なので、この赤は出せません」とお断りしていた時代があるんです。「そんなに断るくらいなら使えばいいじゃないか」という議論も社内にあったと聞いています。だけど、方針を掲げた以上は使わなかった。それはもう、ノリタケとしてのプライドで。ただその裏ではね、いつかこの赤を出せるようにって、開発はずっと続けていたんですよ。
03金は、細かくすると赤くなる
── では、その「出せない赤」を何でつくるのでしょうか。
熊澤 鍵になるのは、金です。金って、大きな塊だと皆さんがイメージするあの金色ですけど、粒子をどんどんどんどん細かくしてナノ粒子と呼ばれる領域まで小さくしていくと、金は赤色になっていくんです。すごく昔から知られている現象でして。
── ……お皿の赤い柄は、赤い顔料を塗っているわけではない?
杉村 赤い顔料じゃないんです。ステンドグラスの赤を思い浮かべてください。あれはガラスの中に金などを溶かし込んで、冷えるときに細かな粒々として析出させることで、赤く発色させているんですね。この絵の具も同じ原理です。絵の具のガラスの中に金の小さな粒が点在して、そこだけステンドグラスの赤のごとく赤く光るんです。
熊澤 ただ、金にも問題があって、金の赤には青が残るんですね。色って、ある波長の光を吸収して残った光が目に届くという仕組みなんですが、金のナノ粒子は青色の光を吸収しきれない。赤のポテンシャルはすごく持っているのに、青も一緒に目に届いてしまって、足し算で紫っぽい赤になるんです。私たちが「マロン」と呼んでいる、昔からある上品な赤紫がそれです。
04銀を入れても、何も起きない
熊澤 青みをどう消すか。答えは銀なんです。銀も金とすごくよく似た性質があって、ナノ粒子まで細かくすると今度は黄色になるんですね。この黄色は「青色を吸収するから黄色に見える」。つまり、金が持て余していた青を、銀が消してくれるんです。色相環で対角にある色同士は、重なると消える——補色という関係ですね。
コンセプト自体はすごく単純で、当時誰にでも説明できたんです。「金と銀を組み合わせれば綺麗な赤になるよ」と。実際、試験管の中で熱をかけない状態で金と銀を混ぜると、本当に綺麗な赤になるんですよ。実物もあったくらいでして。ところが、絵の具にして焼くと、何も起きないんです。銀を入れても入れなくても変わらないんじゃないか、という意見が出たくらい、何の効果もなくて。青みのある赤のまま。それが数年続いたと言っても過言ではないんですね。
── 銀は、どこに消えていたのでしょうか。
熊澤 ガラスに、溶けていたんです。現象としては、食塩と同じなんですね。塩って手に持てる固体ですけど、水に入れると粒がなくなってしまいますよね。銀はあれと同じくらい、ガラスに溶け込みやすい。イオンになってしまうんです。そして溶けた銀は無色透明で、色には何の効果もない。粒として出てきてほしいのに、存在ごと消えていたんですね。
05絵の具の開発は、ガラスの開発
熊澤 結局、この赤い絵の具の開発は、ある意味ガラスを開発することに等しかったんです。いちばん手間も時間もかかったところですね。
熊澤 そして食器のガラスは、制約がものすごく多いんですね。目的の温度でちゃんと溶けること。顔料の色が映える透明性があること。そして実使用の耐性——お酢で使えるか、食洗機のアルカリに耐えるか、熱湯は大丈夫か。食器にはそういう基準が全部あるんです。それを全部クリアした上で、銀が溶けずに粒として出てきて、綺麗な黄色を出すガラスでなければいけないんです。
杉村 科学的に「この元素を入れれば耐酸性が上がる」という指針はあるので、ロジカルに絞り込みはします。だけど最後は、試作して、焼いて、一つひとつ発色を見ていくしかないんですね。まず、黄色が出るかどうかは最初に分かるんです。黄色が出たものだけ残して、次に釉面は綺麗ですか、食洗機は持ちますか、耐酸性はありますか、で、どんどんまた選別、また選別。
熊澤 まさに、パワープレイですね。最適値はけっこう狭いピンポイントに絞られていって、最終的にそれが特許として登録した組成範囲ということなんです。期間としては、私の前の担当者が3年、私が3年。合わせて6年くらいですね。
06窯は生きている
── 色ができて、いよいよ量産へ。
熊澤 ここからが、ガラスの科学の苦労とは比べものにならないくらい苦しかったですね。まず、同じ材料を使っているのに、焼く窯によって全然色が違うんです。工場の窯と、クラフトセンターの窯と、研究開発センターの窯で色が違う。同じ窯でもですね、立ち上げ直後には焼かないとか、何枚同時に焼くかでも変わるんです。窯は燃料を燃やすので、中がわずかに酸欠になるんですが、その具合が曜日や条件でいろいろ変わって発色に効いてしまう。いまはメカニズムが分かっているのでいろんな対策が打てますが、当初は何が効いているのか何も分からなくて、現地でデータを調べ尽くしました。
他の色では、こんなことは起きないんです。銀が、それくらいデリケートな材料だったということですね。
杉村 普通の絵の具は色の決まった顔料を焼き付けて固定するだけなので、窯が多少ばらついても色は変わらないんです。この赤は焼成のあいだにガラスが溶けて、金が析出して、銀が析出して、という現象を毎回まったく同じように起こさないと同じ色にならないんですよ。昇温と降温の過程でどういう温度履歴があったか、窯の癖がぜんぶ発色に出ちゃうんです。
熊澤 ちなみにこの絵の具、焼く前は真っ黒なんですよ。ちょっと青みがかった黒い粉で、器に載せて焼いたときに初めて赤になるんです。これ、すごく驚かれるんです。
07二つの赤を、並べる
── 完成した赤は「ローザロッサ」というシリーズになりました。よく見ると、赤が2色使われていますね。
熊澤 新しく開発した赤と、昔からあるマロンの赤が、一つの柄の中に並んでいるのがローザロッサなんです。
杉村 新しい赤だけで表現してもよかったんだけど、デザイナーが遊び心で、世の中にたくさんある青っぽい赤と、ノリタケの新しい赤を一つのデザインの中に盛り込んだんですね。開発の歴史が、そのまま柄になっているんです。法人のお仕事では、この赤で初めてお受けできたものがあります。それまで「うちは出せません」とお断りしていた種類の仕事なんですよ。
08品格は、どこにあるか
── 最後に杉村さんに伺います。この開発の話、同じ食器部の人間でも知りませんでした。
杉村 そうでしょう(笑)。だけど、これはノリタケらしい話だとも思っていて。この赤って、絵の具屋さんにもできないし、ガラス屋さんにもできないんですよ。材料と、釉薬と、焼成と、全部を自分たちでやっているから初めてできるんです。ノリタケは創業から基本的に内製主義で、釉薬も絵の具も自分たちでつくってきました。仮にこの絵の具だけをよそにお渡ししても、同じ色は出ないんです。窯まで含めて、うちの環境で初めて出る色なので。
ノリタケのものづくりって、一定の範囲の中で制御されたものづくりなんですね。何十枚、何百枚と同じものを焼くことに神経を注ぐんです。うちは均一さのところに命を懸けてきた会社で、その均一さの美しさというのも、確かにあるんですよ。そういうところも含めて、「ノリタケはこうである」という一本の軸が創業のときからずっと脈々とあると思うんです。
── それが、ノリタケの言う「品格」。
杉村 「品格」は、ノリタケがずっと大事にしてきた言葉です。ただ僕は、この言葉とちゃんと向き合いたいと思ってきたんです。品格とは何なのか。それはお客様に、価値として届いているのか。痛いところなんですよ。こだわりはあるんです。品質基準も高い。だけど、それがお客様に正確に届いていない——それが僕の問題意識なんです。
高く売りたいという話じゃないんですよ。同じ値段だったらノリタケだよね、と言ってもらえるようになるはずで。「なんとなく高級」ではなくて、「ここがいいんです」と言えるようになりたいんですね。こだわり続けてきたことを、言語化して伝えたい。この連載は、僕にとってはもう、やりたいことなんですよ。
取材を終えて
取材前は「赤いお皿ですよね」くらいの認識でした。しかし、金と銀の6年を知ってから見るローザロッサは確かに、昨日までとは違う赤に見えます。
次にローザロッサを見かけたら、二つの赤を見比べてみてください。一つの柄の中に、赤色の歴史が詰まっています。
2026年7月23日、名古屋・ノリタケの森にて
※ 現在国内で販売されている陶磁器は、食品衛生法をはじめとする法令の基準に適合しており、通常のご使用で健康に影響を及ぼすものではありません。カドミウムなどを含む絵の具も、法令の基準の範囲で現在も広く使用されています。本記事は、ノリタケが自社の方針として取り組んできた材料開発について紹介するものであり、特定の製品の安全性について述べるものではありません。


