Histories of NORITAKE日本陶器合名会社の設立

ノリタケブランド
の誕生

1903年 渡欧の一行(左から大倉孫兵衛、村井保固、大倉和親、飛鳥井孝太郎)

製陶会社の設立

白色硬質磁器の研究は困難を極めました。原料の改良や釉薬の調合など、幾度も壁にぶつかり挫折を繰り返し、なかなか進まない現状に行き詰まりを感じていた1902年、ローゼンフェルド(イギリスの陶磁器・雑貨商)兄弟が来日しました。彼らの父親がニューヨークの「モリムラブラザーズ」で目にした商品に施されていた「金盛り画付け」に興味を持ち、その技法を研究したいと来日したのです。

孫兵衛は彼らを心からもてなし、「金盛り画付け」の技法を詳しく説明しました。その時、彼らは孫兵衛たちが白色硬質磁器の生地改良に苦慮していることを知り、返礼として自社の製陶工場を参考にしてはどうか、と助言してくれました。

こうしてローゼンフェルド兄弟の招きをうけて、孫兵衛は生地開発の担当をしていた飛鳥井孝太郎とともに1903年渡欧しました。途中、ニューヨークの村井と孫兵衛の息子の大倉和親も合流し、一行はオーストリアにあったローゼンフェルド社のヴィクトリア製陶工場を見学して焼成法などを学びました。続いてドイツではベルリンの粘土工業化学研究所を訪ね、日本から持ち込んだ各種原料の調合研究を依頼しました。その結果、天草陶石を用いることが白色硬質磁器の製造に有効であることを知りました。このことが大きな弾みとなり、白色硬質磁器本格製造に向けていよいよ製陶会社の設立へと乗り出すのです。

「日本陶器合名会社」創立

「森村組」が多くの試練にさらされていたその頃、豊が病でこの世を去りました。1899年、豊はまだ46歳の若さでした。大きな存在を失った森村組ですが、この試練を乗り越えるべくさらなる挑戦を続けます。それは工場建設という大事業でした。

創立宣誓文を焼き付けた陶板

1904年1月1日、市左衛門たちは工場建設に先立ち、愛知県愛知郡鷹場村大字則武を本社所在地として日本陶器合名会社(現 株式会社ノリタケカンパニーリミテド)を設立しました。のちにこの則武という地名が「ノリタケ」ブランドの由来となりました。

工場の礎石据付け(森村市左衛門が手にしているのが「創立宣誓文」の陶板)

日本初のディナーセット

1903年の渡欧による調合や焼成方法の会得により白色硬質磁器の製造には成功したものの、日本陶器合名会社設立後もさらなる苦節を強いられることとなります。それはディナーセットに不可欠な均一なプレートを作る、という難題でした。

日本初のディナーセット

1903年の渡欧による調合や焼成方法の会得により白色硬質磁器の製造には成功したものの、日本陶器合名会社設立後もさらなる苦節を強いられることとなります。それはディナーセットに不可欠な均一なプレートを作る、という難題でした。

1914年 日本で初めて完成したディナーセット「SEDAN(セダン)」

欧米諸国では食事にはディナー皿を使うことが一般的で、その多くはディナーセットとして販売されていました。同形状の皿を重ねた時にわずかな狂いが大きく目立ってしまうため、ディナーセット商品には特有の厳しい「均一性」が求められます。これが和食器とは基本的性格の異なる洋食器を製造する際の大きな問題となったのです。こうした課題を克服するのに工場建設から約10年もの年月を要し、1913年ようやく純白の25センチディナー皿が完成しました。「ヒギンス&タイザー」にアドバイスを受け、白質硬質磁器製造を志してから実に、20年の歳月が流れていました。

こうして苦難の末に完成した日本初のディナーセットはSEDAN(セダン)と名付けられ、1914年、輸出がスタートしました。以降続々と受注が舞い込み、初年度にわずか20セットのみであったものが、4年後には約4万セットが出荷されました。以後、次第にディナーセットが主力商品となり、いよいよ名実ともに洋食器ブランドとして世界への飛躍が始まることになりました。

創業者たちが残した精神

「日本陶器合名会社」は1917年「日本陶器株式会社」となり順調に発展を続け、その商品は世界中の国々に輸出され高い評価を受けるまでに成長しました。その後陶磁器製造で培った技術から多くの事業を生み出しながら、1981年にはブランド名「Noritake」を社名とし、「株式会社ノリタケカンパニーリミテド」となりました。市左衛門が蒔いた小さな一粒の種は、今や日本の陶磁器産業を代表する企業集団「森村グループ」という巨木となり、日本のものづくりを支えるまでになりました。

2001年 本社工場跡地に開業した「ノリタケの森」

ノリタケが洋食器製造の第一歩を記したまさにその場所には2001年、創立100周年記念事業の一環として「ノリタケの森」がオープンしました。そしてそのミュージアムには、日本陶器合名会社設立時に工場基礎石の下に埋められた創立者連署による宣誓文陶板が現在でも大切に保管・展示されています。そこには工場設立の目的と共に、このように記されています。「誓って、至誠事に当り、もって素志を貫徹し、永遠に国利民福を図ることを期す。」誠実であること、何があってもあきらめず物事に向き合い続けること、私欲のためでなく社会のために役立つこと、こうした創業者たちが残した精神が、ノリタケには今も脈々と息づいているのです。